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企業会計原則と決算書から見る内部留保問題

決算書を作成するためには、会計のルールを正確に把握する必要がありますが、会計基準は様々な事象に対して個別具体的に定められているものが多く、その全容を把握するのは困難です。

そのため、具体的な会計処理は経理責任者が行うことがほとんどですが、会計のルールの要を担っている企業会計原則については、経営者も確実に知っている必要があります。

様々な会計基準のもととなっている企業会計原則には、会計の大前提となる事項が定められています。その中でも、一般原則として明文化されている7つのルールは非常に重要です。

今回は、企業会計原則の概要と重要なルールである一般原則の7項目について解説していきます。

企業会計原則とは

まずは、そもそも企業会計原則とは何なのかについて、簡単に説明していきます。
その名の通り、企業の会計の原則として定められた基準ですが、法律ではないため直接の法的な拘束力はありません。しかし、関連する諸々の法律に定められている「一般的に公正妥当と認められる企業会計」の原則として、必ず守らなければならない基準となります。

企業会計原則の概要

企業会計原則は、1949年に企業会計制度対策調査会が公表した会計基準です。第二次世界大戦後、企業会計の指針となるべく作成されました。
この企業会計原則をもとに、各々の会計基準が作成されています。ただし、現代では、企業会計原則に代わり、「。務会計の概念フレームワーク」と呼ばれる企業会計の基礎となる前提や概念を体系化した討議資料が、会計基準作成の根拠となっています。

企業会計原則に関しては制定が古く死文化したものもありますが、会計にまつわる大前提について比較的短文でまとめられており、すべての基礎としての意味合いで現代でも非常に重要な会計基準になっています。

特に、後に紹介する一般原則に関しては現代でも非常に重要な考え方です。

企業会計原則の強制力

企業会計原則は法律ではありませんので、そのもの自体が直接的に法的拘束力を持つわけではありません。
しかし、会社法第四百三十一条で
「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする。」
という条文がありますが、この「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」の一つに企業会計原則が含まれています。
よって、会社法によって間接的に、企業会計原則を遵守しなければなりません。

また、公認会計士が行う会計監査の基準である監査基準の冒頭に、監査の目的が定められていますが、ここでも
「財務諸表の監査の目的は、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することにある。」
と、定められています。ここでも「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」という記述がありますが、企業会計原則はこれに当然含まれています。
そのため、公認会計士による会計監査においても、企業会計原則が遵守されているかどうかをチェックされることになります。

以上のことからも、企業会計原則は法律ではありませんが、企業が会計を行う上で必ず守らなければいけない基準であるといえます。

企業会計原則の7つの一般原則

前項で企業会計原則について、簡単に説明しましたが、ここからは具体的な条文について説明していきます。
企業会計原則は、「第一 一般原則」「第二 損益計算書原則」「第三 貸借対照表原則」「注解」と大きく4つの部分から構成されていますが、この中で非常に重要なのは「一般原則」です。
損益計算書・貸借対照表に関する原則も意味がないわけではないですが、各勘定科目に関してより具体的な基準となる会計基準が定められていますので、実務的にも企業会計原則に立ち返るよりも、個別の会計基準を抑えることが必要となります。

一方、一般原則は会計の大前提となる考え方を定めたもので、会計のすべての局面に影響を及ぼす非常に重要な原則です。
一般原則は全部で7つ定められていますが、どれも大切なものばかりですので、一つずつその全文を紹介するとともに、その意義について解説していきます。

真実性の原則

「企業会計は、企業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を提供するものでなければならない。」

真実性の原則は、一般原則の他の6つの原則の上位概念であるとともに、企業会計原則で最も重視される考え方です。

「真実な報告」をするのは当たり前かと感じますが、ここには大切な考え方が存在します。
そもそも企業会計は、前段でも紹介した通り「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」にのっとって行わなければいけません。しかし、裏を返せば「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に従っていれば、具体的な方法は企業または経営者が自由に選択できます。
例えば、減価償却費の計上方法は、定額法・定率法・級数法・生産高比例法など一つではなく複数の方法があります。これらはどれも「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に従ったものですので、どの方法を採用するかは企業の自由です。
しかし、これらから外れた方法や利益操作のために恣意的な減価償却を行うことは許されていません。真実性の原則は、ルールの中で会計の方法を自由に選べるからこそ、そのルールを外れて真実ではない会計報告を行ってはいけないという趣旨で定められています。

正規の簿記の原則

「企業会計は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って、正確な会計帳簿を作成しなければならない。」

正規の簿記の原則を満たすために必要な条件が3つあります。

  • 網羅性:企業の経済活動がすべて記録されていること
  • 立証性:その会計記録が検証可能な証拠資料にもとづいて作成されていること
  • 秩序性:それらすべての会計記録が継続的・体系的に作成されていること

この網羅性・立証性・秩序性の3つを常に満たすように、企業は会計活動を行わなければなりません。

これは、日常行われている経理業務に置き換えて考えることができます。経理業務では、企業の事業活動を仕訳に起こし、総勘定元帳ですべての仕訳を網羅的に把握することができます。
そして、仕訳を計上する際には証憑が必要となるので、仕訳とともにその証憑を添付することで仕訳を立証することができます。
さらに、総勘定元帳や売上元帳などの補助元帳は、証憑とともに期間ごとに秩序立てて保管が行われています。

このように、正規の簿記の原則は経理業務の根幹をなす基準になっています。

資本利益区別の原則

「資本取引と損益取引とを明瞭に区別し、特に資本剰余金と利益剰余金とを混同してはならない。」

資本取引は、直接的に株主との間に発生する資本金と資本剰余金が増減する取引であり、株主からの払い込み、減資、および組織変更・合併・会社分割・株式交換・株式移転がその代表例となります。資本取引は、企業活動を継続していく原資として、企業内に資本を確保しておく「維持拘束性」が求められます。
一方、損益取引は、利益剰余金が増減する取引であり、企業活動を通じて得た利益を留保し、株主に対して利益処分という形で分配されることが期待されているもので、(利益)剰余金の配当がその代表例となります。損益取引は、株主に対する出資に対する見返りとしての利益の分配であるため、「処分可能性」が求められます。

このように同じ純資産項目である資本剰余金と利益剰余金ですが、その発生方法が違い、求められる性質も異なるため明瞭に区分しなければなりません。

明瞭性の原則

「企業会計は、財務諸表によって、利害関係者に対し必要な会計事実を明瞭に表示し、企業の状況に関する判断を誤らせないようにしなければならない。」

財務諸表は、株主・金融機関・取引先・国など様々な利害関係者が会社の財政状態および経営成績を把握するために利用します。
ここで、真実性の原則で紹介したように、会計の方法は経営者がルールの範囲で自由に選択することができますが、選んだ方法によって開示される財務諸表の内容は異なってきます。

そこで、明瞭性の原則では、企業がどのような方法で会計を行ったかを明瞭に示すことで、会計方法による誤解を招くことのないようにしなければならないと定めています。
具体的には、財務諸表の注記や計算書類の附属明細書で、重要な会計方針の開示が求められています。

継続性の原則

「企業会計は、その処理の原則及び手続を毎期継続して適用し、みだりにこれを変更してはならない。」

これは、実務的にもトピックになりやすい一般原則です。
真実性の原則で説明したように、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」は一つではなく、企業は会計方法を自ら選択することが可能です。
しかし、みだりに会計方法を変更すると、財務諸表の比較可能性や検証可能性が損なわれてしまいます。

先ほども出てきた例ですが、減価償却方法には様々な種類があります。定額法は、耐用年数にわたり一定の金額を費用化する方法で、定率法は一定の割合で費用化していく方法ですが、定率法の方が固定資産を購入した年度に発生する費用が大きくなります。
ここで、高額な固定資産を購入した年に赤字になりそうだからと、減価償却方法を普段使っている定率法から定額法に変更し、翌年以降はまた定率法に戻すような会計方法の変更を行ってはいけません。
恣意的な利益操作は真実性の原則でも認められていませんし、当期と前期以前および翌期以降の財務諸表が異なる方法で作成されていることから、比較可能性が損なわれるため継続性の原則にも反することになります。

会計方法の変更は、それ自体が会計基準として定められていますが、変更には妥当と思われる十分な根拠が必要なうえ、一度変更した会計方法は再び十分な根拠が発生するまでは変更してはいけません。

保守主義の原則

「企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない。」

真実性の原則によって、企業は真実な報告をしなければならないことになっていますが、この保守主義の原則によって将来発生する可能性がある影響も会計に含めなければいけないことになっています。
このうち、もう商談が決まっているからといって未実現の売上や利益を計上してはいけません。あくまで、不利な影響を会計処理することだけが求められており、有利な状況を勝手に財務諸表に反映させてはいけません。
これは、企業に係わる利害関係者にとってのリスクを、会計を通じて適切に報告することで、投資や融資等を円滑に行うことができるようにするためです。

保守主義の原則の代表例が、貸倒引当金です。実際に貸し倒れが発生していなくても、過去の貸倒実績や取引先の財務状況を勘案して貸倒引当金を設定することで、不利な影響を財務諸表に含めることができ、利害関係者にリスクを加味した企業の財政状態や経営成績を報告することが可能になります。

単一性の原則

「株主総会提出のため、信用目的のため、租税目的のため等種々の目的のために異なる形式の財務諸表を作成する必要がある場合、それらの内容は、信頼しうる会計記録に基づいて作成されたものであって、政策の考慮のために事実の真実な表示をゆがめてはならない。」

財務諸表は様々な利害関係者が利用しますが、その利用方法は、投資家であれば株主として投資パフォーマンスを検証するため、取引先であれば信用できる会社かどうか確かめるため、金融機関であれば融資に値する信用が担保できるか確認するため、国や地方自治体であれば税金を正確な金額だけ徴収するため、と利害関係者によって様々です。
財務諸表の利用方法が違えば、財務諸表で重視するポイントも異なります。企業は、投資家や金融機関、取引先に対しては利益を大きく見せたいですし、反対に国や地方自治体に対しては利益を小さく見せることで税額を抑えたいという考えが働きます。
しかし、これらの目的によって財務諸表を複数作ることは、単一性の原則によって禁止されています。目的によって複数の財務諸表を作成することは、真実な報告とはならないので真実性の原則に反しますし、正規の簿記の原則からも外れることになります。

以上、企業会計原則、そしてその中でも根幹となる一般原則について解説しました。経営者は財務諸表を通じた財務報告によって、会社の状態を利害関係者に正確に伝える責務があります。
会計基準は比較的柔軟で、企業の状況に応じて最も適切な会計処理が行えるように複数の会計方法を示しているものが多数あります。
その中で、真実な報告を行うためにも、企業会計原則、特に一般原則を十分に理解することが非常に重要です。

内部留保とは?

「内部留保」という言葉に対して、近年では悪いイメージが先行しているのではないでしょうか。それは、「内部留保」が、利益を株主に還元したり、再投資したりせずに、企業内に抱え込んでいる「余剰資金」だと一般にとらえられていることが原因です。

このことは、2017年の衆議院議員総選挙で内部留保課税が議論された際に、両者を混同して用いられてしまったがために、一般的な誤解として広まってしまったものです。

しかし、実は「内部留保」と「余剰資金」は基本的に無関係です。本来は、「内部留保」と「余剰資金」は連動するものではないため、それぞれ別の問題として考えなければならないのです。

新聞・ニュースなどでよく目にする「内部留保」という言葉ですが、そのまま聞いてもわかるようでわからない言葉です。

内部留保とは一体どのようなものなのでしょうか。また、この内部留保について何が問題とされているのか、そして問題があるとすれば、それはどのように解決すべきなのかについて、解説します。

まず初めに、「内部留保」とは何なのか。一般的に誤解されている部分があります。本稿では、この両者が意味することの違いについて、決算書を用いて説明することによって明確にします。そのうえで、「内部留保」あるいは「余剰資金」が引き起こす問題について整理して、この点から内部留保課税について改めて考えます。

この問題の本質は、内部留保に対する課税の是非などではなく、企業と株主のコミュニケーションという、実はとてもシンプルなことなのです。

誤解しがち?内部留保のこと

「内部留保」という言葉に対してどのようなイメージを持つでしょうか。「内部留保」というからには、何かしら中に溜め込んでいるような印象を与える言葉です。特に、一般的なイメージとしては、企業が資金を必要以上に企業内部に保有し、出し渋っている、といった理解の仕方がありますが、これは誤解なのです。

内部留保とは余剰資金を溜め込むという意味では決してありません。

内部留保は、あくまで会計上の概念です。とは言うものの、この言葉そのものを指す厳密な会計学上の定義はありません。抽象的な言葉なので解釈には様々あるのですが、総合して簡潔に言えば、企業活動の結果として、「企業」の「内部」に残っているものという意味合いでしかありません。

では、企業活動の結果として一体何が残るのか、ということです。このことは、企業の活動を、資金の流れに照らしながらとらえていくと、理解が容易です。

通常、企業はまず、事業を開始するにあたって必要となる資金を調達します。それは具体的には株主からの出資や、銀行からの借入れによって工面するわけですが、基本的に資金は現金として、まず手元にやってきます。

その後企業は、調達した現金を使って商品を仕入れたり、製品を製造するための原材料を購入したりします。これが資金投下活動です。そして、日々の営業活動を通して商品や製品を販売します。その結果、商品や製品といったこれらの資産は、最終的にまた現金に形を変えて手元に戻ってきます。これが企業活動における資金のサイクルです。

このような過程を繰り返しながら、企業は利益を生み出していきます。つまり、最初に集めた資金よりも最後に手にする資金は、獲得した利益のぶんだけ少し増えているはずだ、ということになります。この意味では、獲得利益が現金を増やすということは必ずしも間違いではありません。

しかしながら、ここで注意が必要なのは、今確認したように、資金は常に形を変えていく、という事実です。あるときは現金として保有していますが、次の瞬間には、新たな収益を生むための活動として、材料や商品、固定資産などに変わっているのです。あるいは、その一部を株主に対して「配当」という形で還元します。

ですから、内部留保が利益獲得に伴って蓄積されていたとしても、必ずしも「現金」の形で企業内に留まっているとは限りません。この意味で、企業が現金を溜め込んでいる、というイメージは正確ではない、と言えるのです。

つまり、内部留保と余剰資金とは全く別物だということが、企業活動と資金の流れから考えると明らかです。このことについて、今度は決算書の仕組みを使ってもう少し具体的に理解していきましょう。

決算書から内部留保を理解する

決算書には、企業活動の結果や、決算日時点での財政状況が表されています。ですから、内部留保の状況についても、決算書を見ることでかなり正確にわかります。

決算書の中でも特に、資産や負債の現在高を表す貸借対照表を中心に、内部留保がどのように表されているかについて理解しましょう。

貸借対照表では、決算日時点で企業が保有している全ての資産、負債、そしてその差額である正味の財産として、純資産が計算されます。資産は左側(借方)に、負債と純資産は右側(貸方)に分けて表示されます。資産の総額は負債および純資産の総額と常に一致しており、このような特徴からバランスシートとも呼ばれています。

内部留保の説明の前に、まずは貸借対照表に表現されている数値の意味を考えてみましょう。本来、企業の活動は途切れることなく継続して行われていますが、貸借対照表は決算日という一時点を切り取って、まさにその瞬間の企業の財政状態を表しています。長いソーセージを輪切りにして、横からではなく断面を見るようなイメージです。

ここでいう財政状態とは、企業がどこから資金を調達してきたのか、ということと、調達した資金を現在ではどのような形で保有しているのかを表すもの、と言い換えることができます。

例えば銀行から100万円を借り入れて工場を建設したとします。この場合、借入金という負債によって100万円の資金を調達したと同時に、それを使って工場用地や建屋、機械設備などを購入し、資産を合計で100万円保有していることになります。資産と負債の額は一致しています。

このように、貸借対照表は資金の調達源泉と運用形態を左右に分けて対照表示するものである、と表現されることもあります。

決算書を作成するための基本的な技術である複式簿記では、取引が発生するたびにその原因と結果を左側(借方)と右側(貸方)に分けて記録しています。このため、1年間の様々な取引を集約して、その結果を表す決算書においても、左右に対比させながら1表で簡潔に表すことができるのです。

そこで、この貸借対照表を読み取りながら意味するものを考えたときに、内部留保は一体どこにあるのでしょうか。当然その答えは、2つあることになります。

一つは、右側(貸方)に計上される利益剰余金です。これは、決算日までにその企業が稼いできた利益の蓄積です。その稼いだ利益は、株主に配当しない限り、基本的には全て企業の中に備蓄されています。中には1年前に獲得したものも、10年前に獲得したものも全て含まれます。これが内部留保と呼ばれるゆえんです。

そして、もう一つは貸借対照表の左側(借方)、つまり資金の使いみちである資産として計上されています。しかしながら、それが様々ある資産のうち現金なのか、商品なのか、建物に含まれているのかは、厳密に紐づいているわけではないのでわかりません。1年前や10年前に獲得した現金で何を買ったのか、そして今それはどこにあるのか。これを特定することはきわめて困難であるし、また重要なことでもない、ということは感覚的に理解できるでしょう。

貸借対照表は前述のとおり、継続的に行われている企業活動の一時点を切り取ったものです。これまでに獲得した利益がその時点でどの資産に投下されているのかは、わからないのです。

つまり、このような企業活動の特徴を背景に考えると、過去の活動により稼いだ現金は、現実的には、すでに次の事業展開のために設備投資をしたり、商品仕入に使われたりしているととらえるべきでしょう。そうすると、この場合には、余剰資金というものなどはすでに存在していないことになります。

このことを正確に理解せず、両者を混同してしまうことが、内部留保に関する誤解を生み、問題を複雑にしている原因なのです。内部留保は、貸借対照表の右側(貸方)に蓄積されていきますが、それが左側(借方)で余剰資金となっているとは限りません。必ずしも現金を溜め込んでいるということとはイコールにならないのです。

このように内部留保はいったん資金を生みますが、それを今現在も余剰資金として保有し続けているかどうかは別問題だということが、決算書を読み解くことでしっかりと理解できます。

誤解が起こった背景

ではなぜ、内部留保が余剰資金を溜め込んでいるというような誤解が世の中に広がっているのでしょうか。実は、この原因の一つに、2017年に起こった政策論争があります。

2017年10月に実施された衆議院議員総選挙の際、小池百合子氏が代表を務めた希望の党が、この内部留保に対する課税を公約として政策提言したことで議論を巻き起こしました。

それまでも、内部留保課税が提唱されていなかったわけではありませんでしたが、選挙公約にまで盛り込んだことで、国民的な議論になったのです。

この際に、内部留保と余剰資金を混同するという誤解を前提として、問題の本質をとらえないまま論争が起こってしまったために、論点がぼやけ、その誤解が広まることにつながってしまいました。

次節では、この内部留保課税という政策に照らしながら、内部留保がはらんでいる問題の本質について整理します。

内部留保をめぐる問題点

前節までの内容から、内部留保の正体は企業が獲得した利益の蓄積であるということはわかりました。では一体、この内部留保を巡って何が問題とされているのかについて整理していきましょう。

批判が集まる理由

よくよく考えてみると、そもそも内部留保は、ある一つの企業が、自力でコツコツと稼いだ利益を、結果として企業内部に保有しているということに過ぎません。これがどういった問題になるのでしょうか、ということです。

このことは、一企業の経営上の問題に留まらず、社会全体に対して影響を及ぼしている、ということが問題の大きな前提になっています。つまり企業が自力で稼いだ利益を、外部に流出させないことに対する世間からの批判です。

素直に考えれば、企業の利益は企業自身の、あるいは株主のものです。それをどれだけ保有していようと、企業外部者にとっては全く関係の無い話のように思えます。

しかしながら、これが実は社会全体、市場経済全体に影響を及ぼしている、ということが指摘されたのです。

何が問題なのか?

それでは社会全体にとって、内部留保が増加することによってどのような影響があるのでしょうか。

前述のとおり、企業は獲得した利益を配当として株主に還元したり、新たなビジネスのための投資として資金を投下したりします。このことは、資本を市場に再投資することを意味しています。つまり、得た資金を再び市場に還流することによって新たなお金の流れを作り、経済を活性化することにつながると考えられています。

また、給料として従業員に分配することでも同じ効果が期待できます。

それとは逆に、もし仮に企業が獲得した利益を市場に再投資せずに、企業内部に滞留させているならば、経済全体の観点から見ると、成長の機会を逸してしまっていると見ることができます。ここまでの指摘には合理性があります。

希望の党は、これを解決する手段として、内部留保への課税を提案しました。
つまり希望の党の主張では、内部留保が増加している事実があるということは、将来の経済成長をもたらすような投資が行われず、その機会が失われていることにつながっていて、社会全体にとっての損失になっているとしたのです。

この主張には、「内部留保の蓄積」と「余剰資金」の混同があることが明らかです。

ここで実際のデータを確認してみましょう。株式会社NTTデータ経営研究所の調査によると、1999年度から2016年度決算までの25年間で法人企業の内部留保額の合計は221兆円も増加しています。

これだけ巨額の資産が、もし市場に再投資されずに余剰資金として保有されているならば、確かに、社会経済的に大きな損失であると言えるでしょう。

ただしこれは、全てが現在においてもなお余剰資金であるならば、ということです。これまで確認してきたように、問題の本質は、内部留保が蓄積していることではありません。その結果として一部分が余剰資金になってしまっていることです。

それらを混同して、内部留保そのものを悪玉扱いしてしまうと、問題の本質を見誤ることになります。

次節では、これら問題の本質から内部留保課税について考えてみましょう。

内部留保課税とは

前述した希望の党の公約では、この内部留保に対して課税することを提言しています。内部留保に課税することによって、その過剰な蓄積を未然に防ぐという目的があります。

つまり、企業の立場で考えると、せっかく稼いだ利益を税金として持って行かれるくらいなら、将来のための投資などに資金を回そうという発想になります。これを促そうということです。

このように、希望の党のねらいとしては、大企業が内部にため込んでいる現金を吐き出させて、それを設備投資や配当、賃上げの財源にさせよう、といったところでした。

実際に、アメリカや韓国では類似の税制があり、わが国でも、すでに一部の同族会社には適用されているものです。しかし、その趣旨や課税計算方法に少し異なるところがあるので、これらを確認することを通じて、希望の党が提案した政策の特徴をつかみます。

アメリカの場合は、全ての企業を対象として、事業のための合理的な必要性が無いにもかかわらず、配当を行わずに所得を留保している場合に、この内部留保金の残高に対する一定割合が課税されます。

これは、配当をしていない、という事実が不当に租税を回避していると推定されるためです。税率はかなり大きいので、企業にとっては相当負担になっているようです。

ただし、限定条件が示すように、あくまで事業のための合理的な必要性があれば問題が無い、という点に着目すべきでしょう。もちろん、この合理的な必要性というものを企業サイドが立証する必要があるのですが、内部留保があるからといって、即時に課税される、というような乱暴な制度ではありません。

アメリカの制度は、あくまで脱税を防ぐことが目的であると言えます。

韓国の場合は、課税方法が大きく異なります。過去からの内部留保の蓄積に対して課税するのではなく、1年間の法人所得の金額から、投資や配当、賃金の引き上げなどのために使わなかった部分に対して、追加的に課税するものです。

つまり、韓国における税制の場合は、わが国で議論されたものと趣旨は同じですが、単年度での課税に過ぎないので、過去から蓄積されている内部留保について将来にわたって、ずっと課税され続ける、といったことは起こりません。

最後にわが国の一部企業に適用されている特定同族会社への留保金課税です。特定同族会社とは、会社の経営者やその近親者が過半数の株式を保有しているような会社のことです。

このような会社では、所有と経営の分離が形骸化しており、会社の利益と経営者個人の所得が、あまり明確に区別されていない傾向にあります。そうなると、獲得した利益を配当すれば、株主である経営者個人に対して所得税が課せられると考えるため、積極的に配当しようとしません。

この場合、租税回避につながります。そこで、当期の所得から配当や法人税で社外に流出した金額をなど控除した残額に対して追加的に課税されることになります。

よって、わが国の特定同族会社留保金課税は、趣旨はアメリカと同じであるが、課税計算方法は韓国と同様であると言えます。

他方、希望の党が提言した内部留保課税は、趣旨は韓国と同じで、課税計算方法はアメリカと同様であると考えると、違いがよくわかるでしょう。そしてこのことが様々な問題を引き起こします。次節で問題点について検証します。

内部留保課税は意味がない?

この政策は2つの意味で問題がありました。一つは、二重課税の問題、そしてもう一つは効果に対する疑問です。

① 二重課税の問題

二重課税とは、同じ納税者に対して、同じ課税対象に二度以上にわたって税金を課すことであり、これは公正・公平な課税という観点から適切ではないと考えられています。

二重課税がよく議論となる場面として、例えば配当金に対する課税の是非が挙げられます。配当金は企業が獲得した利益から法人税を控除し、その残額から株主に対して支払われます。つまり、これは一度課税された後の金額であるわけですが、配当金を受け取った株主にとっては所得となるため、株主個人に対して改めて所得税が課税されるのです。

しかし、これは問題になりません。なぜなら、最初の法人税は企業に対して、次の配当金課税は株主という個人に対してのものなので、納税者が別人格だからです。同じ納税者ではないので、これは問題とならないと考えられています。現に、わが国やアメリカにおいても、反対意見が全く無いというわけではありませんが、実際にこのような税制が運用されています。

ですから、前述したアメリカの留保金課税や、日本の特定同族会社に対する留保金課税のケースでは、その正当性が担保されるのです。配当をしないことによって、本来課税されるべき株主個人からの所得税が徴収できないことになるからです。

他方で、今回議論されたような内部留保課税は、二重課税につながるおそれがある、という指摘がなされています。つまり、内部留保は、過去に獲得した利益の蓄積です。利益は、獲得したときにすでに課税された残りの部分です。それに対してさらに課税する、ということは同じ納税者の同じ課税対象に対する二度目の課税ですから、二重課税にあたるのではないか、ということです。

さらに、これが毎年課税されることになれば、二重課税どころではありません。仮に、毎年内部留保残高の2%が課税されるとするならば、50年後には残高は税金の支払いだけでほぼゼロになります。

このような、課税の公正性という観点からの反対意見が少なくありません。もし反対意見が多数を占めるなら、そのような税法改正は国民の理解を得られないので成立しません。こうした法的な面での問題をクリアする必要があり、これは非常に難しい課題です。

② 課税の効果の問題

そして、もう一つの問題は政策の実施によって達成できる効果についてです。

前述のとおり、この政策は内部留保に対する誤解から始まっています。つまり、余剰資金が無いにも関わらず、内部留保に課税される企業が出てきてしまいます。

このような場合、税金を支払うために必要資金に手を付けざるを得ません。そうなると、必要な設備投資すらできなくなってしまいます。

それでも必要な設備投資を進めようとするならば、新たに借り入れを起こす必要があります。そうすると、利息負担が経営を圧迫することになり、財務状況を不安定にします。結果的に、経済全体への悪影響が考えられるため、それは政策が目指したものと全く異なってしまうのではないでしょうか。

実際に、前述した株式会社NTTデータ経営研究所の調査では、221兆円の内部留保の増加に対して、貸借対照表の左側(資産)で最も大きく増えた項目は、現金ではなく181兆円の投資有価証券です。

投資有価証券は、企業買収などM&Aを行うことによって増加します。つまり、新規事業への投資に資金が実際に振り向けられてきたことを意味しています。

現金預金も増加していますが、これは運転資金として必要な蓄積と考えることができます。この25年の間に世界はリーマン・ショックを経験しています。ある程度、資金保有に対して保守的になるのはやむを得ないでしょう。

以上から、個別企業の動きはともかく、全体の傾向としては内部留保を活用して新規投資を増やしてきたということが明らかであり、余剰資金を溜め込んでいるという指摘は的外れであることがわかります。

また、内部留保を賃金の財源に充てるという考えもナンセンスです。内部留保は過去の利益の蓄積です。その過去の利益は、過去の賃金を支払った後の数字として計算されています。

ですから、過去の利益で未来の賃金支払いに充てるという考え方にはなりません。来年の賃金は来年の利益に貢献するものだからです。

このように、二重課税の問題や実効性の問題から、内部留保課税についてはあまり得策ではないと言えるでしょう。様々な批判を受けて、小池代表(当時)は選挙戦の終盤で態度を軟化させましたが、結果として、周知のとおり衆議院選で希望の党は大敗を喫し、この政策の実現は遠のきました。

それでは、内部取引課税は得策ではないとしても、まさに今起こっている問題に対してはどのように対処するべきなのでしょうか。

つまり内部留保のことは抜きにしても、必要以上に余剰資金を溜め込んで、配当や新規投資をしない企業がいるとすれば、それは解決すべき課題です。最後にこの点についてまとめておきましょう。

解決するにはどうすればよいか?

問題の本質は、内部留保を蓄積させないことではありません。最も重要な点は、企業に資金を留保させないことです。そのためには資金留保をする動機を減少させる、あるいは資金留保をすることのデメリットを増加させる、のいずれかをする必要があります。

企業経営者は、資金を留保することが投資機会を損なうことにつながるということくらい、よくわかっています。経営のプロですから当然です。ではそれでもなぜ、新規投資にそれを振り向けないのでしょうか。

そこには、おそらくリスク負担の問題があります。新規投資には必ずリスクが付き物です。どのような投資であれ、損失が発生するリスクに資金をさらさなければ、一円の利益も上げることができません。

経営者にとって、このリスク負担をとるべきかどうかの判断は、慎重にならざるを得ないでしょう。経営者は任期があります。自身の任期中に結果が出せなかったら、あるいは損失が出たら、再任されないおそれが出てきます。そのようなことを考えて二の足を踏む可能性もあります。

これについては、株主とのコミュニケーションが重要となります。株主は本来、経営者が行う経営をチェックする役割を担い、さらには、重要な投資に関する意思決定も実は担っています。

しかしながら、株主が経営に関心を寄せず、本来担うべき意思決定を実質的には経営者に負わせていることで、経営者がリスク回避思考に陥っている状況が考えられます。株主にチェックされない経営者に対しては、統制が効きません。

株主が、より一層経営に関与し、担うべき責務を果たすことによって、新規投資が進み、会社の成長と経済の活性化につながると考えられます。

そこで、政府がなすべきことと言えば、内部留保に課税するといった無意味なことではなく、企業が安心して新たな投資を行っていけるような環境を整備することでしょう。

もう一つは、配当の増加です。剰余金の配当も、株主が決定する事項です。もし仮に、必要以上に現金をため込んでいるのであれば、株主として、配当を要求することができます。

この場合問題となるのは、留保されている部分が適正かどうかの判断でしょう。つまり、運転資金や必要な設備投資資金を差し引いても、まだ現金が余っているのかどうかを見極める必要があります。

これに関しては、株主自身が経営リテラシーを高めることも必要ですが、やはり会社側が十分に説明を行い、コミュニケーションをとることが重要です。

いずれにしても、内部留保の問題は、経営者と株主間のコミュニケーションの問題としてとらえることができるでしょう。両者の信頼関係を強固にすることで、適正な再投資や配当が行われることにつながります。

留保金課税の例を示したアメリカでは、脱税防止という目的が最優先であって、配当や設備投資を促すという目的はありませんでした。アメリカの場合、経営者と株主間のコミュニケーションが非常に活発であり、余剰資金があればすぐに配当させるように圧力がかかります。

このような特徴があるため、わが国のようなことは問題にならないと言われています。このことは、わが国の企業におけるコーポレート・ガバナンスに対して重要な示唆を与えています。

我々は成功例に学ぶべきです。結局は、それが会社にとっても、ひいては経済社会全体にとっても良い影響をもたらすことになるのでしょう。

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