個人事業を法人化するメリットとは デメリットや注意点、会社設立費用を安くするポイントも詳しく解説
一般的に、個人事業主は事業が大きくなるにつれて法人化した方が得になると言われています。その理由は、法人化することによって税制面などにおける取り扱いが大きく変わるため、納める税金が安くなるなど様々なメリットがあるからです。しかし、メリットだけに着目して法人化すると思わぬ落とし穴が潜んでいることもあるため、事前にデメリットについてもしっかりと理解しておく必要があります。
そこで今回の記事では、個人事業を法人化する場合のメリットやデメリット、法人化する際の注意点、会社設立費用を安くするポイントについて詳しく説明しますので、法人化を検討されている個人事業主の方は是非参考にしてください。
目次
1 個人事業主と法人の違い
事業を営む場合、大きく分けて個人事業主と法人という2つの事業形態を選択することができます。
個人事業主と法人の最も大きな違いはそれぞれに適用される税法などの法律が異なることで、これによって様々な手続きが変わるだけでなく納税する税金の金額まで変わることが大きな特徴です。まずは、個人事業主と法人の違いについて確認してみましょう。
・事業開始の手続き
個人事業主が事業を開始する場合、比較的簡単な手続きのみで開業することが可能です。具体的には、税務署に「個人事業の開業届出書」や青色申告の適用を受ける場合は「所得税の青色申告承認申請書」を提出し、都道府県税事務所や市町村にも必要に応じて開業の届出を提出する(注1)ことで事業開始の手続きは完了します。一方、法人は事業を開始する前に法人設立の登記申請手続きなどが必要です。法人の設立形態として最も選択される株式会社では、定款を作成してから公証役場で認証を受けた後に法務局で設立登記申請を行いますが、定款の認証や登記申請には費用もかかります。また、法人の設立登記が完了した後も税務署や都道府県税事務所、市町村、社会保険事務所、労働基準監督署などに対して各種手続きが必要になり、法人設立には相当の手間や費用がかかるのが実情です。
(注1)個人事業主の開業に関しては、一部の自治体は開業届出書の提出が義務ではなく任意となっています。
・契約などの主体が異なる
事業を営む場合は様々な場面で法律行為を行うことになります。法律行為という言葉はあまり聞き慣れないかもしれませんが、当事者が意思表示をすることによって法的に行使できる権利や義務を発生させる行為です。例えば、事業を行う際に取引先と取り交わす売買契約やコピー機などのリース取引に関わるリース契約、金融機関から融資を受ける際の金銭消費貸借契約などの契約行為も法律行為に該当します。個人事業主と法人はこれらの法律行為もその主体が異なる点が大きな特徴の一つです。まずは個人事業主の場合ですが、これらの契約行為を行う場合は必ず事業主本人が個人の名前で契約を締結することとなります。これは個人が生まれながらにして契約などの法律行為を行える権利を有した自然人であるという原理原則に基づく行為です。一方、法人は設立登記の手続きを経ることで法人格が認められるため、これに基づいて法人として契約などの法律行為ができるようになります。例えば、金銭消費貸借契約を個人事業主が締結した場合は契約の主体が個人事業主となるため債務の履行義務を個人で負うことになり、個人事業主本人が借入金の返済を行わなければなりません。しかし、法人が金銭消費貸借契約を締結した場合、会社が返済不能となっても代表者が個人保証をしていない限りその債務の弁済は不要です。このように法律行為の主体が異なることによって様々な違いが出てきます。
・適用される税法が異なる
個人事業主と法人は適用される税法が異なります。これは個人事業主が法人化するメリットを考える上で最も大きなポイントの一つです。皆さんもご存じのように個人事業主は所得税によって課税され、法人は法人税によって税金が課されます。これにより、適用される税率が変わるだけでなく、経費として認められる範囲も大きく異なるため納税する金額にも大きな違いが出るのです。これについては後ほど詳しく説明します。
以上が個人事業主と法人という事業形態の大きな違いです。この違いによって個人事業主として事業を行うよりも法人化することによってメリットが生まれるという状況が発生します。
2 個人事業を法人化するメリット
個人事業を法人化すると様々なメリットが受けられます。このメリットは大きく分けて税制面におけるメリットとその他のメリットに分けることができるので、まずはそれぞれの内容について以下で詳しく確認してみましょう。
2-1 税制面におけるメリット
個人事業を法人化することで所得に課される税金は所得税から法人税へと変わります。また、個人事業主の売上などはそのまま個人の収入となりますが、法人化した後の経営者の収入は設立された会社から支給される役員報酬が基本です。これらの変化によって以下のような様々な税制面におけるメリットが発生します。
①納める税金が安くなる
法人化する最も大きなメリットの一つが事業にかかる税金が抑えられることです。これは法人税と所得税の税率の差が大きな原因となっています。下図は所得税に適用される税率です。
所得税の速算表
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円を超え 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円を超え 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円を超え 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円を超え4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
(出典:国税庁ウェブサイト)
例えば、売上から仕入などの必要経費を引いた所得金額が800万円の場合、所得税は以下の計算式で求められます。
このように、所得税額は所得金額に税率を掛けた後に控除額を差し引いて計算します。所得税は所得金額が大きくなればなるほど税率が高くなる超過累進税率が適用されるため、所得が大きくなるほど税負担は大きくなる仕組みとなっており4千万円を超える所得では最高税率の45%です。一方、法人は以下のような税率で法人税が課されます。
区分 | 適用関係(開始事業年度) | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
平28.4.1以後 | 平30.4.1以後 | 平31.4.1以後 | ||||
普通法人 | 資本金1億円以下の法人など(注1) | 年800万円以下の部分 | 下記以外の法人 | 15% | 15% | 15% |
適用除外事業者 | 19%(注2) | |||||
年800万円超の部分 | 23.40% | 23.20% | 23.20% | |||
上記以外の普通法人 | 23.40% | 23.20% | 23.20% |
(出典:国税庁ウェブサイト)
資本金1億円以下の法人は、年800万円以下の所得には15%の税率が適用されます(それ以前の3期の所得の年平均額が15億円超の事業者は19%)。この税率を用いて所得金額が800万円の法人にかかる法人税額を計算すると以下の通りです。
法人税も所得金額に税率をかけて税額を計算しますが、法人の場合は年800万円を超える所得に対しても最大23.2%の税率となっています。そのため、所得金額が800万円のこの例ではあまり税額に差が出ていませんが、所得が大きくなればなるほど所得税は税率が高くなるため法人税の方が納める税金が少なくなることは一目瞭然です。
もちろん、所得税を計算する際は基礎控除などの所得控除がある上、個人事業主には住民税や事業税、法人には法人住民税や法人事業税などの他の税金も課されるため実際の納税額を求める計算はもっと複雑になります。しかし、上記の計算で理解していただきたいことは所得税と法人税の税率の差によって所得が大きくなればなるほど所得税の方が課される税金が多くなるという事実です。
②経営者や家族への給与が経費になる
法人化すると経営者本人や家族へ支給する役員報酬を経費として落とすことができるようになります。個人事業主は収入から必要経費を引いた金額の全てが経営者の事業所得となり、所得の金額が大きくなればなるほど税率が高くなる仕組みです。そのため、稼げば稼ぐほど所得税の税率が高くなりますが、法人化した場合は給与所得控除や家族へ所得を分散することによって税金を安く抑えることができます。
例えば、所得金額1,000万円の場合、一人で個人事業主として所得税を計算したケースと法人化して2人に500万円ずつ給与を支給したケース(給与で支給した1,000万円は経費になるため法人の所得は0円)では以下の通り税額が変わります。
・個人事業主で1,000万円が所得となった場合
所得税額=1,000万円×0.33-1,536,000=1,764,000円
・法人化して役員報酬または給与として500万円ずつ支給した場合
役員報酬や給与として支給された金額は給与所得控除を差し引いた金額が給与所得の金額となります。以下は役員報酬や給与として得た収入に適用される給与所得控除額の計算表です。
平成29年分~令和元年分
給与等の収入金額 (給与所得の源泉徴収票の支払金額) |
給与所得控除額 |
---|---|
1,800,000円以下 | 収入金額×40% 650,000円に満たない場合には650,000円 |
1,800,000円超〜3,600,000円以下 | 収入金額×30%+180,000円 |
3,600,000円超〜6,600,000円以下 | 収入金額×20%+540,000円 |
6,600,000円超〜10,000,000円以下 | 収入金額×10%+1,200,000円 |
10,000,000円超 | 2,200,000円(上限) |
(出典:国税庁ウェブサイト)
給与の収入が500万円の場合は以下のように給与所得控除額を求めます(注2)。
(注2)本来、役員報酬や給与の収入金額が660万円未満の場合は所得税法別表第五という表で給与所得控除後の金額を求める方法が正しいやり方です。今回のケースでは給与所得控除額が全く変わらないため計算のイメージを持っていただくために上記の計算で給与所得控除額を求めています。
所得税額=346万円×0.20-427,500=264,500円
上記は一人当たりの所得税額ですが2人分で考えても529,000円となり、個人事業主の1,764,000円と比べるとずいぶん納税額が少なくなります。上記の例は基礎控除や社会保険料控除、個人事業主の青色申告特別控除などを一切考慮していないため、実際の納税額は違った計算になります。
しかし、こちらで把握していただきたいことは法人から役員報酬や給与として支給された収入には給与所得控除が適用できるため、収入の全てを事業所得として所得税の計算したときよりも所得税額が安くなることです。また、2人に所得を分散することで適用される所得税の税率も低くなるため、全体的な所得税の納税額も減るということも併せて理解してください。
③退職金も経費にできる
個人事業主から法人化することで事業主や親族に支給する退職金を経費にすることが可能です。個人事業主には事業主や親族に対する退職金という概念はなく、毎年事業から得られた収入は全て事業所得として所得税が課されます。
しかし、法人の場合は法人税が課された後の利益を内部留保として蓄えておき、退職金の支給時に一括で費用として計上することも可能です。退職金の支給には退職金規定などを整備しておくことも必要ですが、これにより勤続年数や役職などに応じて支給した退職金の全てを経費として処理することが可能です(注3)。また、法人から退職金を支給すると受け取った事業主も退職所得控除が受けられるため大きな節税につながります。
(注3)同業他社と比較して不相応に高い退職金などは全額経費として認められない場合もあります。
退職所得控除とは、法人などから受け取る退職金の収入から退職所得を計算する際に差し引くことができる控除金額です。退職所得控除は以下の表に従って計算します。
退職所得控除額の計算の表
勤続年数(=A) | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円 × A (80万円に満たない場合には、80万円) |
20年超 | 800万円 + 70万円 × (A – 20年) |
(出典:国税庁ウェブサイト)
例えば、勤続年数24年5か月で1千万円の退職金を受け取った場合の退職所得控除額の計算は以下の通りです。
(注4)勤続年数の1年未満は切り上げするため24年5か月は25年として計算します。
この場合、退職所得額は1,000万円<1,150万円となるため0円です。このように、法人の場合は退職金を経費とすることによって節税効果が得られるだけでなく、退職金を受け取る事業主も退職所得控除によって大きな節税が図れます。
④経費として落とせる範囲が広くなる
法人化することで個人事業主では経費にならなかった支出も経費として処理することが可能です。例えば、事業主が住む家の家賃は個人事業主の場合もちろん経費として落とすことができません。しかし、法人の場合は法人が社宅としてその住居を賃借することによって家賃を法人の経費とすることが可能です。
もちろん、法人が住宅を購入して社宅として活用する場合も固定資産の減価償却費として経費を計上することができます(注5)。また、法人は事業主に対してかける生命保険の保険料なども経費として落とすことが可能です。個人事業主の場合は自身にかける生命保険などの保険料は所得税の計算の際に生命保険料控除として控除できるだけで、控除額も最大4万円から5万円と大きな節税効果はありません。しかし、法人の場合は法人が保険契約者および保険金受取人となる契約については保険料を経費として処理することが可能です(注6)。
(注5)役員や従業員が社宅に住む場合は一定の金額を家賃として法人に支払う必要があります。法人が役員や従業員から家賃の支払いを受けていない場合、受け取るべき家賃相当額が給与として課税されることもあります。
(注6)貯蓄性の高い生命保険などは支払った保険料の全額を経費で落とせないこともあります。これについては2019年に節税効果の高い保険商品などの税務処理について大きな見直しが行われました。
法人の加入する保険には税金の支払いを繰延する効果のあるものもあり、これと③の退職金を併せることで大きな節税効果を生み出すことも可能です。言葉だけでは分かりにくいので実際に例を挙げながら確認してみましょう。
例)法人が養老保険に加入し毎年100万円の保険料を支払った後、5年目終了時点で保険を解約した。この養老保険は貯蓄性の高い商品で、保険料を支払った期には半額を損金計上し残りの半額を資産計上する会計処理が必要である。なお、この養老保険は5年後の解約返戻率が101%である。
この例では毎年支払った保険料の半額を損金として計上し、残りの半額を資産として計上するため5年間の処理を表にすると以下の通りです。
損金として計上される50万円は毎年支払った期に損金計上されますが、資産計上された50万円は5年で250万円の資産が累積して計上される状態です。5年後に保険を解約した場合の解約返戻金は以下の計算式で求めることができます。
505万円の解約返戻金のうち250万円は資産計上していた保険の取り崩しのため、505万円-250万円=255万円が保険の解約による利益です。この255万円については解約返戻金を受け取った期に益金として処理する必要があるため、本来はこの益金の分だけ所得が多くなり納税額が増えます。
しかし、同じ期に255万円の退職金を支給することで利益と同額の経費を立てることができるので、255万円の利益については一切税金がかかりません。これが保険と退職金を活用した節税のスキームです。このように、大きな利益が計上される保険解約のタイミングに費用の計上を合わせることで大きな節税効果が得られます。
⑤法人は設立から2期の消費税が免除される
継続して事業を行う場合、前々年の課税売上高が1千万円を超えると消費税の課税事業者となり消費税を納めなければなりません。しかし、新たに設立された新設法人については課税事業者の判定を行う基準期間(注7)がないため、設立当初の2期の間は原則として消費税の免税事業者です(注8)。この特例を利用して法人化することで消費税の納税が最大2年間免除されるため非常に有利になります。
例えば、個人事業主として事業を営んでいる場合、課税売上高が1千万円を超えた年の2年後から消費税の課税事業者です。しかし、消費税の課税事業者となるタイミングで法人成りをすることで最長2年間消費税の免税事業者の期間を延ばすことができます。
(注7)個人事業者の場合はその年の前々年、事業年度が1年である法人の場合はその事業年度の前々事業年度が基準期間になり、基準期間における課税売上高が1千万円を超えると消費税の課税事業者になります。
(注8)納税義務の免除の特例は資本金1千万円未満で設立された中小法人にしか適用されません。また、基準期間である2期前の課税売上高が1千万円以下の場合でも、前期の期首から6か月間の売上高が1千万円を超えた場合は特例の適用がなく課税事業者となります。
⑥赤字の繰越期間が長くなる
個人事業主は青色申告をしている場合、事業で発生した純損失(赤字)を3年間繰り越すことが可能です。一方、法人も青色申告をしていることが条件になりますが、欠損金額(赤字)を9年間繰り越すことができます。純損失や欠損金額は翌期以降で利益が発生した場合に利益から控除できる仕組みのため、長期間繰り越せる法人の方が有利です。
⑦決算日を任意で決めることができる
個人事業主は暦年課税となっているため毎年1月から12月の1年間が所得税の計算期間と決められていますが、法人は任意で決算日を決めることができます。これにより、繁忙期を避けて決算日を決めることができるため、煩雑な決算処理を閑散期に時間をかけて処理することが可能です。また、特定の時期に大きな利益が上がる季節商品を扱う業種などはその時期を会計期間の最初の方に持ってくることで時間をかけて節税対策や設備投資の計画を練ることができます。ただし、法人の場合でも12か月を超える期間を会計期間として定めることはできないため注意が必要です。
2-2 その他のメリット
個人事業から法人化すると税制面以外にも数々のメリットがあります。主なメリットは以下の4点です。
①有限責任になる
個人事業主は負債が残ったまま廃業すると、個人でその全ての負債を返済しなければなりません。しかし、株式会社や合同会社などの法人を設立した場合は出資の範囲での有限責任です。たとえ会社が債務超過に陥り倒産した場合でも、出資の範囲で責任を負うこととなり、会社に残された債務などを事業主個人が返済する必要はありません。ただし、代表取締役が会社の債務保証などを行っている場合は個人で債務の返済義務を負うこともあるので注意が必要です。
②対外的な信用力が高い
株式会社などの法人は設立登記により会社の商号や本店所在地、代表者などの情報が登記されます。そのため、営利目的の会社として事業を行っていることが登記からも明らかになるため個人事業主と比べて対外的な信用力が上がる傾向が顕著です。実際に取引を行う場合、法人名義の銀行口座と個人名義の銀行口座では取引先が受ける安心感が違います。
金融機関から資金を調達する場合でも、個人事業主は家計と事業の区別が明確にならないため審査条件がより厳しくなるものです。
このように、同じ規模で同じ事業を営んでいる場合は法人の方が個人事業主よりも信用力が高いと判断されるケースが多くなります。また、従業員などを雇用する場合も法人の方が求職者にとって信用力が高いと判断されるのが実状です。法人は基本的に厚生年金などの福利厚生が充実しているため、それらの福利厚生があるかどうか分からない個人事業主よりも信用力が高いと判断されています。
③社会保険料の半額を法人の経費で落とせる
個人事業主は国民健康保険料や国民年金保険料を全て個人負担で支払わなければなりません。しかし、法人の場合は健康保険料や厚生年金保険料の半額を法人の経費として処理することが可能です。基本的に、法人の従業員は健康保険料や厚生年金保険料を給与などから源泉徴収されて納めることになりますが、これらの保険料は法人と従業員で半額ずつ折半して納付することが原則となります。
個人であれば全額支払うべき社会保険料を半額法人に負担してもらえることは大きなメリットです。また、法人の社会保険に加入することで国民年金の上乗せ部分となる厚生年金にも半額の負担で加入できることは非常にお得になります。
④事業承継が円滑に進められる
個人事業主から法人化することで事業承継を円滑に進められる点もメリットの一つです。個人事業主が子供に事業を承継する場合は事業用資産の譲渡や債務の引き渡しなどの難しい問題が多々発生します。しかし、株式会社などの法人の形態の場合は株式の譲渡を行うだけで権利上の譲渡が完成するため円滑に事業承継を進めることが可能です。
また、不慮の事故などで突然個人事業主が死亡した場合には相続の問題も絡むため預金口座などが凍結されることもあります。しかし、会社の場合は代表者が死亡しても預金口座が止まることは一切ありません。計画的に事業承継や相続を行いたい場合は法人の事業形態を選択する方が様々な面で有利です。
以上のように、個人事業を法人化することによって税制面などの数々のメリットが受けられます。
3 個人事業を法人化するデメリット
個人事業を法人化することで様々なメリットがあることは説明してきましたが、法人化にはデメリットも伴うのが実情です。こちらでは、法人化に伴う税制面とその他のデメリットについてそれぞれ確認してみましょう。
3-1 税制面におけるデメリット
法人化することで税制面では大きなメリットがありますが、同時にデメリットについても理解しておかなければ適切な法人化の判断は不可能です。法人化することによって発生し得る税制面でのデメリットは以下の3点です。
①事業所得が少ないと税負担が増える
法人化することで納める税金が安くなることをメリットに挙げましたが、事業所得が一定の水準以上なければ逆に税負担が増えることもあります。まず、法人税の税率は最も安くても15%ですが、所得税の最低税率は5%です。そのため、十分な事業所得が見込めないまま法人化すると個人事業主よりも高い税率で税金が課されることは誰の目にも明らかです。また、法人は個人事業主とは異なり利益が出ていなくても支払わなければならない法人住民税の均等割という税金があります。
均等割は都道府県や市区町村に納付する法人住民税の一種ですが、自治体や会社の規模によって定めた金額の納税が必要です。例えば、東京都23区で会社を設立した場合、資本金1千万円以下かつ従業員数50人以下の規模で年間7万円の均等割りの支払いが必要になります。このように、利益が出ていない赤字の状態でも支払わなければならない税金があるため、無計画に法人化すると税金だけを多く支払うという本末転倒な事態にもなりかねません。
②交際費が全額損金にできないことも
個人事業主は事業に使用した交際費をいくらでも経費として処理することが可能です。しかし、法人の場合は法人税法の規定によって交際費として損金算入できる限度額が定められています。そのため、法人は交際費として支出しても税金の計算上全額損金とならないケースがあります。
例えば、資本金1億円以下の中小法人は損金として計上できる金額に限度額が定められており、年間800万円と飲食に係る接待費の50%に相当する金額のうち大きい方の金額が損金計上できる限度額です。また、資本金1億円超の大企業については、飲食に係る接待費の50%は損金計上できますが、それ以外の接待交際費等は一切損金として計上することができません。
③消費税の免税事業者はインボイス制度が始まると不利になることも
新設法人は基準期間が無いため設立から最大2年間は消費税が免除されることをメリットに挙げました。しかし、今後は消費税の免税事業者が取引上不利になるケースも出てくるため注意が必要です。2019年に消費税が10%に増税され飲食料品などを8%の税率に据え置く軽減税率制度がスタートしました。これにより、物品の販売などを行う事業者は消費税の税率や税額などを細かく記載したインボイス(適格請求書)と呼ばれる請求書や領収書の発行が必要になるインボイス制度が2023年10月から開始される予定です。
しかし、インボイスの発行には国税庁へのインボイス発行事業者の登録が必要で、消費税の免税事業者はインボイスの発行事業者として認められていません。そのため、インボイスを発行できない免税事業者へ支払った消費税は仕入税額控除(注9)を行うことができなくなります。仕入税額控除ができなくなると仕入を行う企業にとっては納税上不利となるため、インボイス制度が始まると免税事業者は取引自体をしてもらえない危険性もあるのです。
(注9)仕入税額控除とは、消費税の納税額を計算する際に売上などで受け取った消費税額から仕入れなどで支払った消費税額を控除して納付する消費税額を計算する制度です。インボイス制度が導入された後は仕入税額控除の適用を受けるために仕入先から受け取ったインボイスの保存が義務付けられます。
3-2 その他のデメリット
個人事業を法人化すると事務処理の手間やコストなどが増える点は意外な盲点です。税制面以外のデメリットは以下の3点が挙げられます。
①法人の設立や廃業には費用と手間がかかる
個人事業主は税務署に開業届を提出するだけで簡単に開業できますが、法人の設立には費用も手間もかかります。まず、法人を設立する場合は商業登記などの手続きが必要で、株式会社として登記する場合は定款の作成や認証、登記申請書類等の作成も必要です。株式会社の設立には費用もかかり、定款に貼付する収入印紙代4万円(電子定款の場合は不要)や定款の認証手数料5万円、登録免許税が最低でも15万円必要になり総額20万円以上の費用がかかります。また、設立後には税務署へ開業届や青色申告の申請手続きが必要で、都道府県や市区町村に対する開業届の提出も必要です。
同様に、法人の場合は廃業にも手間や費用がかかるので注意しなければなりません。個人事業主が廃業する場合は廃業届の提出だけで廃業手続きは完了しますが、法人は法人格を抹消する手続きなどが別途必要です。まずは、債権回収や資産整理などの清算を行ってから会社を解散させて登記を抹消します。その際には、解散登記の費用や精算結了の登記費用、官報の公告費用などが必要です。さらに、取引先への連絡やあいさつ回りなどの手間がかかることも時間をかけてしなければなりません。
②社会保険の加入が必須
株式会社などの法人を設立すると社会保険の強制適用事業所となるため、代表者一人だけの会社でも社会保険(健康保険と厚生年金保険)の加入が必須です。そのため、社会保険関係の届出や手続きなどの煩雑な事務処理が必要になります。また、社会保険料はその保険料を従業員と会社で折半して支払う仕組みとなっていることから会社は常に会社負担分の保険料の支払いが必要です。
これは業績が悪化したときなどに会社負担分の支払いが大きな負担となるだけでなく、毎月の給与支払い時に従業員から社会保険料を源泉徴収したり保険料を納付したりする手間が増えることも意味します。法人が社会保険料の半額を経費として負担できることは大きなメリットになりますが、これらのデメリットについてもしっかりと理解しておくことが重要です。
③個人事業主よりも決算などの処理が煩雑になる
法人を設立すると個人事業主よりも決算などの処理が煩雑になります。最も処理が複雑になるのは確定申告書の作成で、税理士などの専門家に依頼しなければ簡単な申告内容でも作成は難しいものです。また、社名変更や代表者変更などを行う場合も多くの手間がかかり、登記の変更や銀行口座の名義変更、税務署や自治体への届出等の様々な手続きが必要になります。
4 注意点
ここまで個人事業を法人化するメリットやデメリットについて説明しましたが、法人化する際には気を付けるべき注意点がいくつか存在します。ここからは、法人化に関する注意点について詳しく確認してみましょう。
4-1 法人化のタイミング
法人化する際に最も気を付けなければならない点は法人化のタイミングです。上記で説明した法人化のメリットを最大限に活かすためにはデメリットも把握した上で法人化の最適なタイミングを見計る必要があります。主に法人化を決断するタイミングは法人化のメリットが最大限に活かせる下記の3つのタイミングで判断することが一般的です。
①所得が500万円を超えるタイミング
個人事業主が法人化を決断する最も大きな理由は節税です。法人化することによって節税のメリットが出てくる所得はおおむね500万円を超える水準が一つの目安になります。既に説明した通り、個人事業主に課される所得税と法人に課される法人税はそれぞれ税率が異なるため、所得は大きくなればなるほど法人税の方が納税額を少なく抑えられるのが特徴です。
しかも、法人化をした後は事業主個人に支払う役員報酬に給与所得控除が適用できるため、これらの諸条件を勘案すると所得500万円を超える水準が節税メリットを活かせるかどうかの最初の判断ポイントになります。もちろん、この判断は所得控除、専従者の有無、従業員数などによっても異なるため、全ての個人事業主の所得が500万円を超えたからといって法人化した方が節税になるとは限りません。
あくまでも、所得500万円超は一つの判断基準に過ぎないため、個々のケースに当てはめて税額額試算や法人化のメリットを検証することが重要です。しかし、税額の試算などは専門知識がなければ難しい作業となるため、顧問税理士などの相談できる専門家がいる場合は積極的に活用することをおすすめします。
②課税売上高が1千万円を超えるタイミング
個人事業主は課税売上高が1千万円を超えるとその翌々年から消費税の課税事業者になります。これも個人事業からの法人化を決断するタイミングの一つです。既に法人化のメリットでも説明した通り、資本金1千万円未満の株式会社などは基準期間が無いため1期目と2期目の消費税の納税が免除されます。個人事業主で課税売上高が1千万円を超えた翌々年から法人化することで消費税の納税が最大で2年間免除されることは非常に大きな税制上のメリットです。
そのため、このタイミングで法人化を決断する個人事業主の方が多くいます。しかし、デメリットでも説明した通り2023年10月からインボイス制度が開始されるため、消費税の免税を手放しで喜べる状況は一変しつつあるのです。インボイス制度が導入されると消費税の免税事業者はインボイスの発行事業者にはなれません。
そうすると、免税事業者への消費税の支払いは仕入税額控除ができなくなることから免税事業者との取引自体を見直す動きが今後加速していくことは容易に想像できます。もちろん、インボイス制度が導入された後も経過措置(注10)があるためすぐに取引ができなくなる訳ではありませんが、2023年10月以降は免税事業者であることがデメリットとなる可能性もあるため十分な注意が必要です。
(注10)インボイス制度が導入される2023年10月以降は免税事業者へ支払った仕入税額控除が段階的に廃止されます。2023年10月から2026年9月までは仕入税額相当額の80%、2026年10月から2029年9月までは仕入税額相当額の50%を仕入税額控除として処理できますが、2029年10月以降は全額控除不可です。
③事業を拡大するタイミング
事業の拡大を検討する場面も法人化の決断をする絶好のタイミングとなります。事業を拡大する局面では事業所得が大きくなる可能性が高いため、利益計画などを立てて法人化のタイミングを計ることで大きな節税効果を生み出すことも可能です。
また、事業拡大の局面では取引先が増えることや金融機関からの借入が必要となることも想定できるため、法人化することによって対外的な信用力を高められることも事業の拡大に大きく役立ちます。特に、大手の上場企業などは個人事業主との取引に消極的である場合も多く、個人事業主のままでは対等な取引自体ができない可能性もあるので注意が必要です。現在は深刻な人手不足などの問題もあるため、採用活動などでも有利に働く法人化は事業拡大の局面では必ず検討しなければなりません。
4-2 個人事業を法人化する際の各種手続き
個人事業を法人化する際には様々な手続きや処理が発生します。法人設立後の手続きは誰もが容易に想像できますが、個人事業主の廃業手続については意外と盲点になりがちです。こちらでは個人事業を法人化する際の各種手続きについて、注意すべき点を個人事業の廃業手続きと法人設立後の手続きの2つに分類して確認してみましょう。
①個人事業の廃業手続き
法人化する際の個人事業の廃業手続きは大きく分けて以下の3つの処理が必要です。
・個人事業主の廃業手続き
個人事業主が廃業する場合は所轄の税務署へ「個人事業の開業・廃業等届出書」を廃業した日から1か月以内に提出しなければなりません。また、都道府県税事務所にも事業の廃止に関する届出書の提出が必要になりますが、届出書の様式や名称は各都道府県によって異なるためホームページなどで様式を確認しダウンロードする作業も必要です。これらの廃業届以外にも、個人事業主が青色申告の適用を受けている場合は税務署へ「所得税の青色申告の取りやめ届出書」を提出する必要があり、他にも消費税の課税事業者であった場合は「事業廃止届出書」、給与支払いを行っていた場合は「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」などの提出が必要です。
これらは税制上必要となる廃業の手続きですが、社会保険に個人事業主で加入している場合は社会保険事務所に社会保険の廃止に関する手続きが必要になります。
・個人事業の確定申告
個人事業を廃業した場合でも廃業年度の確定申告は忘れずに行わなければなりません。廃業年度の確定申告は従来の確定申告と処理面で異なるポイントが大きく2つあるためこれらの処理には十分に注意した上で確定申告を行うことが重要です。
まず一つ目のポイントは事業を廃止した場合の必要経費の特例です。所得税の規定では個人事業から法人化した新設法人に事業を引き継いだ場合、個人事業主が負担すべき廃業後の経費は個人事業主の経費として認められることが規定されています。
そのため、事業廃止後に発生した費用でも確定申告書の提出期限までに確定しているものについては廃業年度の確定申告の際に必要経費として計上することが可能です。しかし、この特例は全ての経費について認められる訳ではないので、廃業に必要な処理などは余裕をもって終えられるように廃業の日を決める必要があります。
廃業年度の確定申告のもう一つのポイントは、事業税の申告と廃業年度の所得税の計算に事業税の金額を必要経費として計上することです。個人事業を廃業したときは廃業から1か月以内に個人事業税の申告を行わなければなりません。
この申告により発生した事業税は個人事業主の必要経費として認められるので、廃業年度の確定申告の際は忘れずに計上することが重要です。事業税の納付が終わっていない場合でも確定額を見込計上して必要経費に算入することができます。万が一、個人事業税の申告を忘れて確定申告をした場合は更正の請求などの手続きが別途必要になるため、廃業年度の確定申告時には事業税の処理も忘れずに行うようにしてください。
・取引先への連絡など法人への事業引継ぎに関する処理
個人事業を廃止して新設法人へ事業を引き継ぐ場合は取引先への連絡なども必要な処理です。個人事業主に変わって法人が事業を継続することを連絡するのはもちろんですが、既に発生している売掛金や買掛金などの資産負債の処理などについてもやり方を決めてから取引先へ連絡しなければなりません。
大手企業などと取引している場合は取引先情報管理の観点から法人や決済口座などの情報を事前に尋ねられるだけでなく、新設法人との売買契約書の締結なども必要です。取引先の数が多ければ多いほどこれらの処理には時間を要するため、なるべく早い段階から取引先への連絡を行うように注意しなければなりません。
また、金融機関から借入金などがある場合はそれらの債務引継についても金融機関への早期の相談が必要です。借入金などの債務を引き継ぐ方法はいくつかありますが、どの方法をとっても金融機関内部での処理などに時間を要するため、法人化を検討している段階で相談しても早すぎることはありません。たとえ債務引継を行わず個人事業主本人が借入金の全てを返済できる場合でも、新たに新設法人で融資を受ける際には融資条件などを事前に確認する作業が必要です。
②法人化した後の手続き
個人事業を法人化した場合、新設法人では様々な手続きが必要になります。税務署だけでなく、都道府県や市町村、社会保険事務所、労働基準監督署などへ様々な手続きを行わなければならない点は注意が必要です。
・税務署への手続き
法人を設立したら税務署へ「法人設立届出書」を提出しなければなりません。また、青色申告の適用を受ける場合は「青色申告承認申請書」、役員報酬や給与の支払いが発生する場合には「給与支払事務所等の開設届出書」、必要に応じて「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」なども併せて提出が必要です。
・都道府県と市町村への手続き
都道府県や市町村にも法人設立の届出書を提出しなければなりません。届出書の様式や名称は各自治体によって異なりますが、ほとんどの自治体はホームページなどから様式をダウンロードすることも可能です。
・社会保険事務所
法人は事業主のみの場合でも厚生年金保険と健康保険の強制適用事業所となるためこれらの手続きを社会保険事務所で行わなければなりません。まずは、「健康保険・厚生年金保険 新規適用届」を提出し社会保険の適用事業所の登録を行うことがスタートです。その後、社員を採用した場合には「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」などの手続きも必要になります。
・労働基準監督署およびハローワーク
従業員を一人でも雇い入れる場合は労働保険関係の手続きも必要です。まずは、労働基準監督署に「労働保険 保険関係成立届」と「労働保険 概算保険料申告書」を提出します。その後、ハローワークへ「雇用保険 適用事業所設置届」と「雇用保険 被保険者資格取得届」の提出が必要です。
以上のように、個人事業の廃業と新設法人の設立には様々な処理や手続きが必要となるため、抜けや漏れがないように注意しなければなりません。
5 株式会社設立の費用
会社を設立するにあたって設立のための資金を用意する必要がありますが、会社設立費用はいくらほどになるかを知っているでしょうか。会社の設立費用について、安く抑えるポイントを知っていることでお得に設立できることがあるので、ご紹介します。
5-1 株式会社とは
まず初めに、会社の標準型といえる「株式会社」を設立するための手続と費用を見ていきましょう。会社は、会社を設立するための元手となるお金(資本金)の調達方法によって、幾つかの形態に分かれています。その形態のうち、最も知名度が高く、会社の代名詞的形態といえるものが「株式会社」です。
株式会社とは、資本金を「株式」によって調達した会社です。株式とは、会社の資金を出資した対価として得た会社の所有権の一部、といえるものです。そのため、株式を所有している「株主」は、その株式数に応じた会社の所有権を持っていることになります。
株式は、会社の関係者だけにではなく社会に対して開かれているものです。このため株式会社はその資本金、すなわち運転資金を、広く社会から調達することが可能となります。
これこそが、株式会社と他の形態の会社との一線を画する特徴です。他の形態の会社の場合、資金調達を外に求めることはできません。資金を調達する手段は会社の関係者から募るか、または金融機関からの融資に頼ることになります。
なお、株式を取得した株主と、会社の経営を担当する社長などの経営者とは、常にイコールという関係ではありません。この2者は原則として役割分担をするものです。しかし、設立したばかりの会社では、資本金を出した人(オーナー=株主)が社長を兼ねているのが一般的です。
また、株式会社のもう一つの特徴に「間接有限責任」というものがあります。これは、仮に会社が倒産した場合でも、オーナーの負う責任は有限であり、その責任の範囲は出資したお金を失うことに留まる、ということを表します。
すなわち、会社が倒産したとしても、残った負債の全てをオーナーが背負うことはありません。
ただし、設立したばかりの会社のようにオーナー経営者の場合には、融資を受ける際に金融機関から社長個人を保証人とすることを求められる場合があります。この場合、社長の負う責任の範囲は有限ではなく無限となりますので注意が必要です。
さて、株式会社は他の形態の会社に比べて資金調達面において有利である反面、社会に公開されていることから、社会に対する責任をそれだけ負うことになります。その責任は、決算内容の公表や他の形態の会社よりも厳しい法律や規則による制約という形となって現れます。
このため、株式会社は他の会社よりも面倒で手間が掛かる作業が多くなります。煩雑で複雑な作業に手を取られることになり、また専門家に代行するにしても外注費用が発生します。
何より、会社を設立する費用も他の形態の会社に比して高額となります。それでは次に、株式会社を設立する際の費用を見ていきましょう。
5-2 株式会社設立の手続きと費用とは
株式会社の標準的な設立手順と、設立項目ごとの費用を見ていきます。
初めに、株式会社では公証役場において「定款認証」を行う必要があります。定款認証とは、公証役場という公的な機関で行う、会社の法律にあたる「定款」を公的なものとするための手続きです。この定款認証を行うために公証役場へ5万円の手数料を支払います。
また、書面にてこの定款認証手続きを行う場合、定款は印紙税法の6号文書にあたるため、印紙代として4万円が必要となります。
この定款認証の次には「法人登記申請」を行うことになりますが、その申請の際の添付資料として、公証役場にて認証された定款が必要となります。この定款謄本の請求費用には、枚数あたり250円がかかります。定款謄本1冊につき1000円が標準的な金額で、この後に続く手続きのために2冊取得しておきます。
定款認証を済ませて定款謄本を取得したら法人登記申請に移ります。法人登記申請とは、法務局が管轄する、会社にとっての人間の出生届の提出にあたる手続きです。
会社設立のための登記申請をするためには、登録免許税を納める必要があります。登録免許税とは、会社を法人として認めてもらう際に納める税金で、資本金の1000分の7を境に変動するものです。
具体的には、資本金が2143万円未満の場合には15万円となり、2143万円以上の場合には資本金の0.7%にあたる額となります。
また、法務局へは実印の登記も行います。そのためにまず実印を用意する必要があります。会社の印鑑には、実印の他にも認印や、場合によっては四角い形の社印(角印)、そして住所と会社名そして代表者の役職と代表者氏名の揃ったゴム印を揃えます。これらのセット価格の相場は2万円前後です。
登記が完了したら、この後に続く自治体等への会社設立届の添付書類として、法務局で登記事項証明書(謄本)と印鑑証明を取得しておきましょう。謄本は1通600円、印鑑証明代は1通450円です。
ここまでが標準的な株式会社設立までの設立手続きとなります。費用をまとめると、定款認証手数料5万円+定款認証印紙代4万円+定款謄本請求手数料2,000円(2通)+登録免許税15万円+印鑑セット代2万円+謄本600円+印鑑証明代450円=263,050円となります。
参考までに、かつて株式会社を設立する際には最低1千万円の資本金を用意する必要がありました。つまり、株式会社の設立には少なくとも1千万円を要する時代があったのです。ただし、会社法の改正によって現在では資本金を1円からでも設立することができるようになりました。
それでは次からは、この記事の本題である、株式会社の標準的な設立費用263,050円を抑えるための裏技を解説していきます。
6 会社設立費用を安く抑える裏技(合同会社編)
前章にて、会社は資本金の調達方法によって幾つかの種類に分かれていることに触れました。その種類のうちの一つが、会社設立費用を安く抑えるための肝となる「合同会社」です。
6-1 合同会社とは
合同会社の資本金は会社の設立者が出します。このときの設立者は一人とは決まっておらず、複数人とすることができます。ただし、株式会社とは違って、資本金を会社の外部に求めることはできません。
また、会社の負債(債権)に関しての特徴は、株式会社と同様に「有限責任」となります。なお、有限責任に対するものとして「無限責任」がありますが、その無限責任にあたる会社には「合名会社」と「合資会社」があります。
この合名会社と合資会社ですが、合同会社と同様に資本金の出どころは会社の設立者であるため、資本金を外部から調達することはできません。ただし、合名会社と合資会社、そして合同会社は外に開かれていない分、株式会社よりも制約が少なく、より自治権を認められています。
すなわち合同会社とは、株式会社の特徴である有限責任と、合名会社と合資会社の特徴である自由な自治権を併せ持った形態の会社となります。この合同会社は、株式会社・合名会社・合資会社の中でも最も若く、2006年の会社法の改正時に設けられました。
株式会社よりも制約が少なく小回りが効くため、株式会社を選ぶほど資金を必要とせず、また規模を多くすることを考えていない、スマートビジネスなどに適した形態といえるでしょう。
もっとも、アップルの日本法人もこの合同会社という形態を採っているため、合同会社は必ずしも規模を大きくすることができない、という訳ではありません。
6-2 合同会社設立の手続きと費用
合同会社の設立には、公証役場で定款を認証する、という手続きは発生しません。なぜなら、合同会社は株式を発行するものではないため外に開かれておらず、自社(合同会社)の法律である定款を公に認めてもらう必要がないためです。
ただし、合同会社の場合であっても、印紙を貼り付けることで定款を定款として証する必要はあります。この印紙代は株式会社と同様に4万円です。
合同会社も株式会社と同様に法人ですので、法務局にて法人としての登記を行う必要があります。そのための登録免許税は6万円で、この費用が15万円であった場合の株式会社と比べると格安です。
なお、法務局では株式会社同様に実印の登記を行います。実印その他の印鑑は、株式会社と同じくセットで2万円が相場です。そして、株式会社と同様に謄本を1通600円、印鑑証明代を1通450円で取得します。
ここまでが合同会社の設立手順となり、費用をまとめると、定款印紙4万円+登録免許税6万円+印鑑セット代2万円+謄本600円+印鑑証明代450円=121,050円となります。株式会社は263,050円でしたので、半額以下に抑えることができました。
しかし、合同会社の持つこの会社設立費用の面と、設立者の会社に対しての裁量面の大きさは、株式会社よりも利する点ですが、合同会社という形態が設けられてからは日が浅く、会社形態の知名度では圧倒的に株式会社に劣ります。
合同会社であることが取引先との交渉など様々な局面において合同会社であることが影響を及ぼすかもしれません。自身の会社の目指す規模や、信用力の必要性などを十分考慮して、自社の特徴に合わせた会社の形態を選ぶようにしてください。
7 その他の会社設立費用を安く抑える裏技
会社設立費用を安く抑える裏技には合同会社の選択以外にも様々なものがあります。ここではそれらを解説しましょう。
7-1 外注を検討する
実は、会社の設立には司法書士などの専門家に外注した方が安く抑えられる場合があります。その理由は、株式会社と合同会社双方に共通する費用である、公証役場での「定款印紙代」にあります。
この定款印紙代は、書面で行う場合は印紙代4万円が必要となりますが、電子認証を行うことによってゼロ円で済みます。電子認証可能な外注に依頼することにより、外注手数料と差し引いても割安で済ませられる場合がある、ということです。
ただし、全ての外注が電子認証を行っている訳ではなく、また会社設立後の顧問契約とセットとなっている場合があります。そのため正式に依頼をする前に、見積書での内訳の確認と、設立後の契約の有無の確認するようにしましょう。
また、電子認証という手段を選ぶのであれば、インターネット上で電子認証の代行を請け負うサービスがありますので、検討する場合はインターネットで「電子認証 代行」などで検索してみると良いでしょう。
なお、環境を整えて自分で電子認証を行うこともできますが、その環境を整えるためには3万円を超える費用を見ておく必要があります。そのため、ゼロから電子認証を行う場合は、書面で定款認証を行うのと同じくらいの費用がかかると考えておいた方が良いでしょう。
7-2 印鑑セットの相見積もりを取る
この記事中では、実印を含む印鑑セットの代金を2万円としていました。しかし、この2万円はあくまでも参考価格ですので、中には同じセット内容で1万円程度と見積もる業者があります。
ただし、印鑑には素材によってピンからキリまであるため、同じセット内容でも安く見積もった業者の素材は安価なものを使っている可能性があります。良い素材で、こだわりを持って選んだものには、愛着が湧いて仕事へのモチベーションに繋がります。
7-3 ホームページやロゴ費用を抑える
ホームページの作成を専門業者に頼んだ場合には、あっという間に10万円単位で費用が積み上がっていきます。
ホームページを一から制作依頼するのではなく、ある程度のイメージが有るのならば、クラウドソーシングサービスを活用するのが費用を安く抑える一つの手段となり得ます。クラウドソーシングサービスは「クラウドワークス」や「ランサーズ」などが有名です。
これらのクラウドサービスでは、自分のイメージを元に、多数のデザイナーにコンペティション方式で依頼をすることができます。この方式を使うことで、専門業者に注文するよりも格安に、そして幾つものデザインから自分の気に入るものを選べる可能性があります。
また、専門業者に頼んだ場合、初期制作後に月間または年間保守をセットとしている場合がありますが、クラウドソーシングサービスの場合には、ホームページを改修したいその時に依頼をすれば済みます。
また、会社のロゴを考える際にも、ホームページの場合と同様にクラウドソーシングサービスのコンペティション方式を選ぶことで、専門業者に注文するよりも格安に済ませることができます。
以上、会社設立費用の裏技を見てきました。会社設立後の事業運営の資金に備えるためにも、安く抑えられるところは安く抑えるようにしてください。
8 まとめ
今回の記事では個人事業を法人化するメリットやデメリット、注意点、会社設立費用を安くするポイントについてそれぞれ解説しました。税制面では法人化することによって大きなメリットが得られることを説明しましたが、デメリットも十分に理解した上で法人化の判断を行わなければ無駄な法人化をしてしまう可能性もあります。
また、法人化のタイミングや法人化した後の手続きなど様々な注意点もあるため、これらの点を考慮した上で慎重に法人化の判断を行うことが何よりも重要です。特に、税制面でのメリットを判断するためには専門的な知識も必要になるので、税理士などの専門家に相談することも有効な選択肢の一つとして検討してみてください。